塩野七生 「海の都の物語(1)」

数年前、日本で、ある人にこんな質問をされたことがある。

「現実主義者は、それが個人であっても国家であっても、なぜ常に憎まれてきたのだろう」

 

(中略)

その時の私は、彼の質問に答えることができなかった。しかし、今ならば、それができるような気がする。

「現実主義者が憎まれるのは、彼らが口に出して言わなくても、彼ら自身そのように行動することによって、理想主義が、実は実に滑稽な存在であり、この人々の考え行うことがこの人々の理想を実現するには、最も不適当であるという事実を白日のもとにさらしてしまうからなのです。

理想主義者と任じている人々は、自らの方法上の誤りを悟るほど賢くはないけれど、彼ら自身が滑稽な存在にされたことや、彼らの最善とした方法が少しも予想した効果を生まなかったことを感じないほどは愚かでないので、それをした現実主義者を憎むようになるのです。だから、現実主義者が憎まれるのは、宿命とでもいうしかありません。理想主義者は、しばしば、味方の現実主義者よりも、敵の理想主義者を愛するものです」

 

第四次十字軍の悪者は、日本の高等学校の西洋史の教科書から十字軍史の世界的権威とされるランシマンまで、ヴェネツィア共和国であることで一致している。