塩野七生 「海の都の物語(2)」

ヴェネツィア共和国は、資源に恵まれなかった国である。資源に恵まれた陸地型の国家ならば、非能率的な統治が続いても、それに耐えていかれる。古代ローマ時代、ビザンチン帝国、そして、これからしばらくして、ヴェネツィアの宿敵として立ちふさがってくるトルコ帝国も、悪性が続いても、それが帝国崩壊につながるには、長い長い歳月を要した。一方、資源に恵まれないヴェネツィアのような国家には、失政は許されない。それはただちに、彼らの存亡につながるからである。都市国家や海洋国家の生命が短いのは、この理由による。

 

人間の良識を信ずることを基盤としていたフィレンツェの共和政体が1530年に崩壊した後も、それからさらに300年近く、人間の良識を信じないことを基盤にしていたヴェネツィアの共和政体は、存続することができたのであった。